「いま“観る”べき時計」
時間を知る道具として機能。もちろんそれは時計の魅力の一つだ。
しかし、である。三越ワールドウォッチフェア、ここには世界中から名品貴品が結集し、時同じくして時計サ
ロンは「THE GALLRY」として生まれ変わりその全貌を現した。
時計に込められた技術や創造性を、まるでアートと向き合うひとときのように、WWF2019 テーマ“時の邂逅”
に込められた意味をなぞる。
目にすることそのものが幸福と感じられる、芸術的な時計たちを紹介しよう。
「機械式時計文化のパイオニアだけが語り得る、歴史」
〈ブランパン〉ヴィルレコンプリートカレンダー GMT
自動巻、K18RG ケース、ケース径40mm、3 気圧防水、約72 時間パワーリザーブ
2,610,000 円+ 税
「時計」=「アート」の時代が戻ってきた
教会などに設置された巨大な塔時計は、技術革新とともに小型化され、17世紀ごろには持ち歩けるサイズになる。しかし当時の社会では、正確な時刻を知る必要はなかった。男性たちが時計を持ち歩きたいと願ったのは、時計が自分のセンスや財力をアピールするための“ステイタスツール”であったからだ。
当時の王侯貴族は、ケースや蓋にエナメル画や彫金といったメティエダール(芸術技法)で懐中時計を華やかに飾った。まるでアートのような時計たちを所有し、それを眺めて満足感に浸っていたのだ。
その後、正確な時間が社会を円滑に動かすためのルールとなると、時計は実用品へとシフトしていく。こうなると“時計を贅沢に飾る”ためのメティエダールは時代遅れとなり、次第に姿を消してしまうのだった。
しかし現代になると、再びこういった技法に注目が集まり始める。スマートフォンの時代となった結果、高級機械式時計は実用品から贅沢な趣味へと移行し、“時計=ステイタスツール”の時代が戻ってきたからだ。
現存する最古のスイス時計ブランドである<ブランパン>は、マニュファクチュール内にメティエダールのアトリエを構えており、失われつつあった伝統的な技法を再現しながら華やかな時計を作っている。例えば「ダマスキネ」は、絵柄に合わせて金属板に彫り込みを施し、その部分に属性の高い24金の糸を入れて、その上からハンマーでこの金の糸を叩いて平らにする技法だ。そこに彫金で仕上げた立体的なドラゴンを取り付けた作品は、メティエダールの高い技術を存分に生かした作品である。これはかつて戦士の刀や鎧の装飾に用いていた技法であり、躍動感あふれる造形美によって時計に新たな価値を吹き込んでいる。
18世紀に活躍した伝説の時計師ピエール-ジャケ・ドローの時計作りを継承する<ジャケ・ドロー>の場合も、マニュファクチュール内に工芸技法の専門工房「アトリエ・オブ・アート」を構えており、熟練職人が精密でリアルなエナメル画を描いている。
同社はオフセンター時刻表示を得意としており、ダイヤル上には余白が多い。その余白にフラミンゴの堂々たる姿を描いた「プティ・ウール・ミニット ピンク フラミンゴ」は、まさに芸術と呼ぶにふさわしい作品。そのリアルな表現を楽しみたい。
高級時計が“高級”である所以は、替えのきかない手仕事によって生まれているからだ。メティエダールは究極の手仕事であり、時計に唯一無二の価値を与えてくれる。そしてあなたが時計を見つめるその時を、特別な瞬間にしてくれるだろう。
point
月、曜日、日付を表示するコンプリートカレンダーに、ムーンフェイズ表示を組み合わせ、さらには24 時間式のホームタイム表示も加えた実用系モデル。各カレンダーとムーンフェイズの操作は、ラグ裏に配されたアンダーラグコレクターを使って行う仕組み。ドレッシーな「ヴィルレ」コレクションに実用性が加わっており、エクゼクティブの強い味方になりそうだ。
「時を刻むジュエリーは、王妃に語りかける」
〈ブレゲ〉マリー・アントワネット ダンテル
自動巻、K18WGケース、ケース縦33.5× 横26.45mm、3気圧防水、約38時間パワーリザーブ
21,620,000円+ 税
女性のために進化した時計技術
17世紀ごろから時計の小型化が進んだが、その原動力のひとつが、華やかなアクセサリーを求める女性の美意識だった。男性が贅沢な懐中時計を所有することを楽しんだ一方で、女性は時計を装飾品として楽しむことを求めた。まずはペンダント型の時計が開発され、さらには腰から下げる金細工の時計やブローチ型、さらには指輪型の小さな時計が生まれた。時計技術は女性のために進化したのだ。そして小型化を追求する技術革新が、腕時計へと結びついた。
腕時計の時代になっても、レディースウォッチは装飾品としての価値を保ち続けた。特にケースをダイヤモンドで飾るジュエリーウォッチは、女性の憧れであり続けている。
そもそも高級機械式時計は、ケースの磨きやムーブメントの組み立てなど、必ず職人の手仕事が求められる。ジュエリーウォッチも同様であり、宝石のカッティングはもちろんのこと、ケースやブレスレットに宝石をセットしていく作業にも高度な職人技を必要とする。つまり美しいジュエリーウォッチは、究極の手仕事を楽しむものなのだ。
さまざまなメカニズムを考案した天才時計師アブラアン-ルイ・ブレゲは、フランス王家の寵愛を受け、悲劇の王妃マリー・アントワネットのために時計を製作したことで知られる。さらに皇帝ナポレオンの妹であり、のちのナポリ王妃となったカロリーヌ・ミュラのために、卵型のブレスレットウォッチを製作したのだが、この時計こそが腕時計の原点とされている。現代の<ブレゲ>は機械式時計の伝統を受け継ぐ正統派だが、美しいレディースウォッチの作り手でもある。「クイーン・オブ・ネイプルズ」に代表される華やかなジュエリーウォッチには、多くの貴婦人たちを魅了してきた<ブレゲ>の歴史が詰まっているのだ。
ジュエラーとしても、そしてウォッチメーカーとしても、高い評価を受けているのが<ショパール>である。カンヌ国際映画祭のパルム・ドールトロフィーなども製作するジュエラーとして名高いが、そのルーツは1860年に創業した時計工房。優れた時計を製造する会社だったが、1963年にドイツのジュエリーと時計を代々製造していたショイフレ家が経営権を取得してからは、時計と宝飾の両方を融合させた時計を作り始めた。ダイヤルの上でクルクルとダイヤモンドが回転する「ハッピースポーツ」は、職人の手仕事から生まれる自社製ムーブメントを搭載する本格派モデルもありながら、ジュエリーらしい華やかさの両方を楽しめる。
ジュエリーウォッチは華やかさに目を奪われるが、その背景には卓越した技術の裏付けがある。美しい時計というのは、必ず美しい技術から生まれるのである。
point
レース「ダンテル」が好きだったマリー・アントワネットへのオマージュ。卵型ケースに、ダイヤモンドやルビーをあしらったレース装飾を加えたハイジュエリーウォッチ。華やかに、しかし堅実に。ブレゲの自社製機械式ムーブメントを搭載し、針やインデックスも初代ブレゲが考案したスタイルを踏襲。伝統と技術の饗宴がここに。
篠田 哲生(時計ジャーナリスト)
1975年千葉県出身。カルチャー誌を経て2002年に独立。時計企画を中心に、
専門誌やファッション誌、ビジネス誌などで企画・原稿を担当。
時計学校を修了した実践派で、毎年数回はヨーロッパにて時計取材を行う。