歯車族バトン
2019/10/18
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独立時計師 ヴティライネン 傑作腕時計への道2‐比類なき完成度を実現する、年間製作本数50本

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本年8月、世界の一流時計が一堂に課した国内最大級規模の「三越ワールドウォッチフェア」が開催されました。今回は特別イベントとして、会場内に独立時計師のカリ・ヴティライネン氏を招き、Chronos日本版編集長、広田雅将氏との特別対談を行いました。当日の対談の様子をご紹介いたします。

精巧な技術と美学がつくり出した、本当に美しい時計がここにある

広田:ムーブメントだけでなく、ヴティライネンさんは文字盤やケースも自作しています。とくに文字盤はコンブレマインという専用会社を傘下に持つほどですが、それはどんな理由から?

ヴティライネン:私たちは年間50本しか生産していませんので、専用の文字盤をサプライヤーから調達するにはロットが少なすぎ、しかも独自のデザインで製造してもらうのは不可能だったんです。そこで自分たちが求める文字盤は自分たちで作るしかなかった。でも自分たちで製造することによってオリジナリティが生まれ、品質も自分たちで管理することができます。


立ち見が出るほどに好評だった、公開歯車対談イベント。

広田:それだけに文字盤も素晴らしい。ギヨシェ彫りもプレスではなく、手作業によるものです。どのくらいかかるんですか。

ヴティライネン:文字盤自体は0.8mmのゴールド素材を使い、まったく何もない状態から、昔ながらの機械を使って職人が一つひとつ彫っていきます。完成までには4日間かかり、伝統的な機械を使うため、経験豊かな職人しかできません。私の工房では25年以上の経験のある女性が2名、専属で担当しています。

広田:それにしてもヴティライネンさんの時計の面白さは、どんどんレベルアップしていくところだと思います。文字盤にしてもギョシェを彫った上にエナメルで仕上げ、さらに脚穴をあけてインデックスを取り付けるなんて、昔はありましたが、いまはあり得ないです。どうしてやろうと思ったんですか。


ヴティライネンの時計がいかに素晴らしいかを説く広田編集長の話は尽きない。

ヴティライネン:私にとって、文字盤は時計を見た時に一番目立つ顔なんですね。ですからお客様が自分好みの時計を作って欲しいし、そのためにも受注オーダー時にカスタマイズできるようにしています。熟練の職人が工房にいるということと、そうしたチャレンジをしていくことで自分たちの技術力も上げていきたいと考えています。

広田:最後に質問があります。いい時計を作るのに必要な条件って何だと思いますか。何が大事なのでしょう。

総合的な調和が取れている時計こそが、いい時計である

ヴティライネン:いい時計とはムーブメントだけではないと思います。例えばクルマならばブレーキがちゃんときいて、スピードが出ることが重要なように、時計は時刻を示すものですから精度が高くなくてはいけない。これは基本です。ただ精度だけ高くても時計は美しくないわけです。誰でも腕に着けている時に一番目に付くのは、精度よりも時計自体だと思うんです。着けた時にまず美しい、毎日見て飽きがこない。そんな時計を自分の一部として着けていただきたいですね。そしてもうひとつ大切なのは、腕に着けた時のフィット感であり、ストラップの肌触りやバックルも違和感がないようにこだわっています。さらに重量やバランスに加え、視認性も重要です。こうしたすべてが整ってこそ私は美しい時計だと思うんです。だから時計をお客様に納品する時のケースにも非常にこだわっています。一言で美しい時計というのは、単純に見た目だけではなく、総合的な調和だと私は思っています。


Vingt-8( ヴァントゥイット)の手彫りギヨシェ装飾は見事。

広田:そうなんですよ。ぜひ皆さんに見ていただきたいのは、時計としてのパッケージングであり、それがコンテンツ的な技術のベースの上に成り立っているというのが素晴らしい。僕は、こういう表現はあまり使わないんですけど、間違いなく工芸品。普通に使える、優れたパッケージングだと思います。最後にコメントをいただければと思います。

ヴティライネン:時計製造というのは、私ひとりで年間50本も作れるわけではありません。現在、工房には24名の職人や専門職の人たちがいます。彼らが素晴らしいものを作ろうという情熱で全員一致し、時計作りに日々向かっています。彼らがいなければ、私の時計はできませんし、そうしたリスペクトを持ち、尊重していくことが、時計にも表れているんではないかと思っています。

構成・文 柴田充

写真 奥山栄一

<ページトップ写真の時計>
Ptケース、37mm径、手巻。1160万円/ザ・キャラット 03-3248-4350

※価格はすべて税別です。

第1回 第2回

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広田雅将さん

広田 雅将
Masayuki Hirota

時計ジャーナリスト・時計専門誌『Chronos日本版』編集長

1974年大阪府生まれ。会社員を経て、時計専門誌クロノス日本版編集長。国内外の時計賞で審査員を務める。監修に『100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』『続・100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』(東京カレンダー刊)が、共著に『ジャパン・メイド トゥールビヨン』(日刊工業新聞刊)『アイコニックピースの肖像 名機30』などがある。時計界では“博士”の愛称で親しまれており、時計に関する知識は業界でもトップクラス。英国時計学会会員。

カリ・ヴティライネンさん

カリ・ヴティライネン
Kari Voutilainen

1962年、フィンランド生まれ、タピオラの時計技術学校やスイスWOSTEP(the Watchmakers of Switzerland Training and Educational Program)在学中に時計技術の基礎を修得後、1989年からアンティーク修復や複雑機械式時計の製作など、スイス時計製造に携わる。2002年、スイスの街、ヴァル・ド・トラヴェール地方、モーチエにアトリエを構え、2006年に独立時計師アカデミー(AHCI)に入会。2008年からムーブメントキャリバーの本格的な自主開発を始め、ムーブメントの設計やパーツ製作から、装飾、仕上げ、組み立てまですべての工程をアトリエで行ない、希少なマスターピースを精力的に発表。2014年に文字盤メーカー(Comblémine)、2018年にケースメーカーを傘下に運営し、文字盤やケース製造に一段と磨きをかける。キャリバーの開発にも精力的に取り組んでいる。2007年、オブセルヴァトワール、2013年にV-8R、2015年にGMRがジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ メンズウォッチ賞を受賞。2014年、2017年に漆工棟梁「雲龍庵」と共同製作したアートピース HISUI(翡翠)、Aki-no-Kure(秋暮)がアーティスティック・クラフト・ウォッチ賞を受賞。2014年、時計開発の功績を称えられ、ラ・ショー・ド・フォン国際時計博物館でガイア賞を授与。

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