第2回「これから求められる日本のビジネス力」
残すもの、捨てるもの、新たに加えるもの、それらを分析することが大切
――キャッシュレス社会への取り組みもそうですね。
「キャッシュレスが発達した中国と比べてもその違いは明らかです。ただ日本人はお金を大切に扱うし、海外に比べると紙幣は美しい。そこには合理性や効率だけではない、国民性やメンタリティもあると思います。日本ではATMのインフラが発達しているから不便はないというけれど、キャッシュレスになればATM自体が必要なくなり、維持管理の経費もいらない。そもそもわざわざカードを使ってお金を下ろしてそれで支払うことにも疑問を感じてくるわけです。それは一例に過ぎませんが、国の組織もそのままですし、日本の社会の考え方や行動の限界が見えたようにも思います」。
――大きな変革期にあって技術的に先行していた日本が、むしろ足踏みをしているような気がします。
「エンターテイメントの世界でも、昭和の歌とAKBのような今の人たちの歌は、あまりにも違います。人々の意識もかつての演歌的なものからどんどん変わっているのに、社会の制度や仕組みだけが取り残されている状況だと思います。コロナ対応にしても、日本には厚生労働省のコントロールに加え、民間の医師団体も強く、さらに保険制度もある。ただその仕組みそのものが分断されていて、こういう緊急非常時にも関わらず、まず保健所に行けとなっていましたよね。それだけの受け入れを想定していない中、そこに集中すればPCR検査を行うのは厳しい。そういうことが平然と行われていたわけですから、いま日本で見直すべきは企業ではなく、官庁のシステムではないかと思っています。中央官庁があって、東京都があって、大阪府や県があって。それぞれが独自に、細かく割りすぎるのはよくないですね」。
――コロナによって社会が分断される中、その最たる象徴だった日本のシステムの一番弱いところを突かれている気がします。
「インターネットが普及して何が変わったかといえば、縦から横への意識になったことだと思います。日本は縦ばかりなのが問題と誰も言わなかったですから。たとえばテレビ局にしても認可事業という仕組みの下、細かくお役所で分かれていることが、デジタル配信の遅れた原因のひとつだとも思っています」。
――そういった現状を認識し、決断する場面が今後増えてくると思います。その時に何が一番求められると思いますか。
「まず生き残ることでしょう。企業はどうしたら生き残れるかということを考え直さないと。今までのやり方では、たとえ嵐が去っても、前に戻るかというともう戻れない。だったら新しい方針はどうしていくのか。これまで築いたものを引き継ぐとして、やってきたことで残すものは何か、捨てるものは何か、新たに何を加えるのか。そういうことをちゃんと分析していかないといけません」。
――ビジネスにも従来の経験則や最新の経営工学に加え、直感の大切さが必要ということを提唱されてきましたが、あらためてその重要性とは?
「人間は神から与えられた能力のひとつに”直感”というものがあって、”ひらめき”というものがあるわけです。一方、AIは、すべてのデータを合理的に分析するけれど、”ひらめき”というものはない。それをアート&サイエンスと捉えれば、会社の組織において、ものの考え方、作り方や売り方、お客さんに対する接し方というのは、やっぱり両者が不可欠だと思います。すべて合理的にやればハッピーというわけではありませんから、そういう意味でアートとサイエンスというのは繋がっていると思っています」。
――日本ではアートは文系、サイエンスは理系というように分けて考えられていますが、ご自身のワークスタイルはその両者を横断しているように思います。
「アートというのは、単に芸術のことではなくて感情を育む素養であり、サイエンスとも不断であることは世界的には常識になっています。ただ日本の教育ではこれを完全に分けてしまっていて、その50年来の考え方がグローバルスタンダードとかけ離れてしまったというのが現状だと思います。とくに経営はアートでありサイエンスでもあるわけです。たとえバランスシートで計るのはサイエンスだったとしても、その結果出てくる発想はアートであり、文系と理系に分けていては対応できません。今回のコロナ禍で、その分断がよりはっきり見えてきたという感じじゃないでしょうか。社会の分断もそうですし、教育の分断もそう。そこにニューノーマルの時代に向けたひとつの突破口があるかもしれないですね。そういう意味ではコロナ禍から学ぶことは多いんです」。
取材・構成 柴田充
写真 奥山栄一
<ページトップ写真の時計>
ソニーが開発した二足歩行ロボット「QRIO」をデザインしたウブロ。