第一回 磨きと正確さ、時計に求める相反の美
2021年8月18日~30日、日本橋三越本店で「第24回 三越ワールドウォッチフェア」が開催されました。三越ワールドウォッチフェアは、1998年にスタートした日本最大級の時計フェアで、第24回を迎える今回のテーマは『時めき restart』です。本館6階のウォッチギャラリーをはじめ、7階の催物会場、1階の中央ホールやステージを使って、50以上のブランドを展開しました。
本会場に、クロノス編集長 広田雅将さんと元NHK記者でフリーアナウンサーの山本ミッシェ―ルさんにお越しいただき「ときめき」や「ときめく時計」について語っていただきました。
広田:はじめまして。今日はよろしくお願いします。
ミッシェ―ル:こちらこそ、よろしくお願いします。今回初めてこれほどの時計が一堂に会したところに来ましたが、広田さんがそばで解説くださったので、とても面白かったです。ありがとうございます。特に今日一番感激したことが、時計の部品は磨けば磨くほど正確さが損なわれていく、しかしそのせめぎ合いに男性はときめくというお話です。
広田:今は工作機械が進歩していますから、1,000分の1㎜とか5㎜というレベルの正確な部品が手作業でできるんです。それらを組めば正確な時計はできるのですが、機械で削っただけでは美しくないから、職人は磨きたくなるわけです。1,000分の5㎜の部品を手作業で磨いたものを組むと、どうしても重さのバランスや軸にちょっとした歪みが出て、正確さが損なわれていきます。
ミッシェ―ル:人が作ったものは、磨きの限度もあって、歪みも生まれる。それを考慮した上で、ブレに合わせて調整していくということですね。
広田:ブレを考慮して、時計師や時計メーカーは作っていくわけです。人の手を入れなくてもいいけれども、入れた方がより綺麗になる。しかし入れば正確さが損なわれ、それをどう戻すか…、そこが面白いんです。
先端技術で生み出される、美しいブレゲのトゥールビヨンの魅力を語る、広田編集長。
ミッシェ―ル:その感じ方や見方は女性と男性では違うとおっしゃっていましたが、何が違うのですか。
広田:普段、日々の生活の中で、男性はあまり鏡を見ることはないですが、女性は反射するものをに目が行きます。鏡があると、つい化粧を直してみたり……。
ミッシェ―ル: はい、必ずチェックします(笑)。
広田:僕は、ものの正確さとか、そういったものに対しては、実は男性より女性の方がはるかにうるさいと思っています。ものの正確さにとても厳しい女性が、その目線で高級時計を見始めれば、「あ、これは磨きが綺麗、これは駄目」みたいなことが実はすぐに分かっちゃうんではないかと思っています。
ミッシェ―ル:なるほど。確かに言われてみると、磨きの美しさだったり、彫りの精巧さであったり、そういうのに確かに目が止まりますし、それを見てすごく感動することも多いです。
本館1階では「ハッピーダイヤモンド」の世界観が体感できる、『HAPPY POP UP』が開催された。
広田:ですよね。そこは多分、男性より女性の方が本質的には目が肥えていると僕は思うんです。だからこういうワールドウォッチフェアも、男だけで来ると「わーすげー、トレビアン」みたいな感じで終わっちゃうけど、女性と来るのもいいんじゃないかと個人的には思ってます。全く時計に興味ない女性を連れて来たら、きっと新しい発見があると思いますよ。ただ、結果として痛い出費をさせられる可能性はありますけどね(笑)
ミッシェ―ル:素敵な時計がたくさんあって、中には軽く高級車はもちろん、家が買えそうなものもありますから……(笑)。
広田:時計は人件費の塊ですから、仕方ないですね。
職人さんの技術の集約を手に入れる意味とは
ミッシェ―ル:あれほどの時計を組み上げる、作り上げるには、どのくらいの人や時間が掛かるのですか。
広田:メーカーによって全然違いますけど。
ミッシェ―ル:こだわっている会社でしたら。
広田:一番手間が掛かっているのは、職人さんが事実上ひとりで作っているケースです。それだと、年に数本しか作れないというものもあります。ただ多くはある程度、分業化されていますので、1から10までひとりの職人さんが作ることはほぼないですね。それでもひとつ作るのに数か月は掛かります。
ミッシェ―ル:その手間が愛おしいのですね。
話を聞くほど、時計の魅力が増していくと語る、ミッシェ―ルさん。
広田:手間が掛かったものはやっぱり綺麗ですよね。さっき手作業を入れると正確さは損なわれるという話をしましたけど、でもさらにさらに手作業を入れていくと、機械よりも精度が出せるんですよ、実は。
ミッシェ―ル:天文台の大型望遠鏡の鏡を磨く会社に行ったことがありますが、最後はやはり手仕事でしたね。
広田:本当にすごい職人さんが最後までやると、機械でやるよりも正確です。
ミッシェ―ル:我々の周りにあるものに、どのくらい人の手が入っているかということを考えると面白いですね。そういう意味では、時計は本当に多くの手が入っているのですね。
広田:本当に面白いオブジェだと僕は思うんです。
写真 奥山栄一
第二回では、「今の時代に時計を持つ意味とは」についてご紹介します。お楽しみに。
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広田 雅将
Masayuki Hirota
時計ジャーナリスト・時計専門誌『Chronos日本版』編集長
1974年大阪府生まれ。会社員を経て、時計専門誌クロノス日本版編集長。国内外の時計賞で審査員を務める。監修に『100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』『続・100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』(東京カレンダー刊)が、共著に『ジャパン・メイド トゥールビヨン』(日刊工業新聞刊)『アイコニックピースの肖像 名機30』などがある。時計界では“博士”の愛称で親しまれており、時計に関する知識は業界でもトップクラス。英国時計学会会員。
山本ミッシェール
Michelle Yamamoto
フリーアナウンサー、NHK国際放送局キャスター・レポーター、元NHK記者
父親の仕事の関係で、アメリカで生まれ、イギリス、日本、フランス、ドイツ、香港で過ごす。筑波大学比較文化学類比較文学を卒業後、NHKに入局。その後、記者からフリーアナウンサーに転身。現在、世界160の国と地域で放送中のNHK WORLD TV「Science View」や、Coco de Sica TV「 Sound States」にレギュラー出演中のほか、多数の番組にゲスト出演中。また、法政大学、和光大学、新潟産業大学(ネットの大学managara)で英語学、スピーチ学の講師をつとめている。最新の著書は「やさしい英語でSDGs」共著(合同出版)、絵本「ちよにやちよに~愛のうた、きみがよの旅~」翻訳・朗読(文屋)。また、バイリンガル、トライリンガル司会者として天皇陛下の即位礼正殿の儀をはじめ、オリンピック招致、G7サミット、アフリカ会議(TICAD)など数々の国際的イベントで活躍中。