加賀友禅作家・佐藤賢一さんに加賀友禅の制作工程を伺いました
日本橋三越本店呉服フロアにて毎年2月に開催される、春のきもの紀行「加賀友禅新作展」。ご好評にお応えし、今年も開催が決定いたしました。
今回「三越きものゴコロ。」ではイベント開催前に、「家庭画報特選 きものSalon」古谷尚子編集長とともに金沢へ。加賀友禅の魅力を探ってまいりました。加賀友禅の制作工程や作家のこだわり、さらには2月に発表予定の新作をいち早くお伝えしてまいります。
まずは加賀友禅の制作工程や魅力について。古谷編集長と共に、加賀友禅作家の佐藤賢一先生のもとへ伺いました。
美しい日本の四季を写実的に描く加賀友禅。今回は加賀友禅作家として活躍する佐藤賢一先生に、制作工程や魅力などを教えていただきます。
古谷編集長「今日は加賀友禅の魅力について作り手の立場からのお話をうかがいたいと思います。どうぞよろしくお願いします」
佐藤先生「こちらこそ、よろしくお願いします」
古谷編集長「ぜひ加賀友禅について、いろいろ教えてください」
古谷編集長「まず、何からとりかかるのでしょう」
佐藤先生「加賀友禅は写実的な世界を描きますので、やはりスケッチですね」
古谷編集長「スケッチブックを持って外に出かけるのですか」
佐藤先生「いえ、あらかじめきものが書いてある自作のA4サイズの紙がありまして、それを持って出かけます。構図もこの段階で決めながらスケッチをし、アトリエに戻ってから綿密に構図や柄を展開し、色も決めていきます。それからきものの原寸大の紙に書き写し、書き終えたら実際に紙を身体に巻いて絵柄のバランスを確認します」
佐藤先生「平面では美しく見えた柄も、身体に巻きつけて立体的にすると印象が変わるんです。とくに肩や胸、腰から裾までの柄合わせを確認します。それから帯を巻いた姿での模様の配置も考慮します。少しでも納得がいかなければ、鉛筆の段階で書いては消しての繰り返しで微調整を。それから鉛筆の下絵をペンでなぞってくっきりとした線画にします」
古谷編集長「まずはスケッチ、そして原寸大に鉛筆で書いてからは実際に身体に合わせて柄の配置や大きさを確認するのですね。それからペン入れ……。まだきものに到達していません」
佐藤先生「はい。鉛筆の段階でしか書いたり消したりができませんからね。ペン入れ前は念入りに行います」
古谷編集長「それが終わって、ようやく白生地の工程に入るのですね」
佐藤先生「ガラステーブルの下から照明をあててトレースします。京友禅の場合は反物の状態で模様を描くのが主流ですが、加賀友禅の場合はきものの状態、仮絵羽に仕立ててから描くんですよ」
古谷編集長「京友禅は反物でパーツごとに描いていくんですよね。仮絵羽で描くとは、まさにきものはキャンバスですね」
佐藤先生「加賀友禅は写実的な絵柄なので、仮絵羽にしておかないと、つながりを描くのが難しいんです」
古谷編集長「白生地に写す染料は青花ですか」
佐藤先生「はい、そうです。青花の原料はつゆ草の汁。水でとくと美しい青色になるんですよ。細い線を保ちながら小筆で線画をなぞっていきます」
佐藤先生「青花は水に浸すと消えるので、下書きの染料としては最適ですが、青花を作っているところが一軒しか残っていないないんです。実は筆も刷毛も似たような状況なんです」
古谷編集長「各方面で同じような話を聞きます。きもの業界の現状がどうにかならないか、本当にいつも思っています」
佐藤先生「青花の下絵作業が終わると次は糊置き。青花で描いた線の上を真糊でなぞって防染します。真糊が防波堤の役割をするため、隣あう色が混じり合って滲むことを防いでくれるのです。昔は糊置きの作業も作家が行なっていましたが、近年は糊屋さんにお願いする人がほとんど。完成した証紙には糊屋さんの名前も入っているんですよ」
古谷編集長「それは責任を持って作っているという証ですね」
いよいよ加賀友禅の彩色に入ります
古谷編集長「前から思っていたのですが、加賀友禅の白生地は浜縮緬が多いような気がします」
佐藤先生「はい、他の生地ですと筆が引っかかってしまうんですよね。細かな風景の再現にこだわる加賀友禅にはなめらかな浜縮緬が最適なんです」
古谷編集長「糊置きの次はいよいよ彩色ですね。やっとここまでたどり着きました」
佐藤先生「彩色に入る前に、いくつか準備をします。まず生地がたわまないよう、細い竹の先に針がついている芯を張ります。それから染料づくり。粉末状の染料を水で溶いて液体状にします。染料は何百種類もあるので、同じ色でも作家によってずいぶんと色の雰囲気が異なるんですよ」
佐藤先生「例えば赤にしても、何十種類も染料があるんです。濃度の加減や他の色を加えて赤を表現する人もいます」
古谷編集長「作家さんの数だけ赤の種類もあるんですね」
佐藤先生「準備が整ったので彩色を始めます。まずは芯を張ったきものを少し離したところに立てかけて、客観的な視点で色探し。ベースの色が決まったら、グラデーションになるように水分の量を加減して2~3段階の濃淡を作ります。同じ筆を使うと色の濃度が変わってしまうので、1色に対して1本の筆を準備するんですよ。
そして彩色は電熱器の上で。色を置いてすぐの状態と乾いた状態では色が変わるため、乾いた色を確認しながら濃淡の色を作ります」
古谷編集長「調合した染料が無くなったらまた調合し直すのですか。同じ色を作るのは難しそうですね」
佐藤先生「はい、極力なくならないよう多めに作りますが、なくなったとしても色チップを最初に作っておくので大丈夫です。でも同じ色を忠実に作れるようになるまで、何年もかかりました。
それから、実は染料を水にといただけですと、いくら糊置きをしているとはいえ、水分が多くて滲んでしまうこともあるので、少しだけカゼインという糊を染料に混ぜておきます。これで滲むことは防げるのですが、今度は放置しておくとすぐに糸を引いて腐ってしまうんです。いかに手早く、かつ美しく彩色していくか。時間との勝負です」
加賀友禅の特長、「先ぼかし」を実際に見せていただきました
加賀友禅の特長ともいえる「先ぼかし」。外側は濃く、内側は淡く染めるという加賀友禅ならではの技法のことで、立体感・奥行きを表現します。佐藤先生が実際に見せてくださいました。
佐藤先生「先ぼかしには、斜めに切りそろえてある刷毛を使います。まずは水で湿らせた刷毛の先端にだけ色をのせ、もう一方の端が水だけの状態に。こうして刷毛の毛先をグラデーションにして、生地の上にそのまま乗せます」
古谷編集長「なるほど! 先生、手早いですね」
佐藤先生「乾いてしまうと色ムラができてしまうんです。ここでも時間との戦い。古谷編集長、ちょっとやってみます?」
古谷編集長「ぜひやってみたいです」
古谷編集長、加賀友禅作家さんのもとに弟子入り!?
古谷編集長「先生がやっているとすごく簡単そうに見えたのですが、難しいですね」
佐藤先生「とても上手ですよ。初めてには思えません。ぼかしは刷毛の使い方がポイント。刷毛に慣れるまでに3~3年かかりますから難しくて当然です」
手間にしたら付下げ一枚分。見えない部分にまでこだわりを
佐藤先生「さあ、仕上げです。最後に描き忘れがないかを確認します。それから仮絵羽を解いて幅出し部分(ぬいしろ部分)の彩色も。柄の多い訪問着の場合、幅出しの部分だけで付下げ一枚分の手間がかかるんですよ。
幅出しの彩色まで十分に染料が乾いたら蒸して色を定着させます。その後、彩色した模様の上に真糊を置いて防染する糊ふせをしてから、生地全体の色を染める地染めという工程に入ります。染め屋さんに色を指定して染めてもらうんですよ」
古谷編集長「柄を描いたあとに地色を決めているのでしょうか」
佐藤先生「最初に地色を決めるときもありますし、逆もありますね。染め屋さんでは地染めの染料が乾いたら、色を定着させるために蒸して、そのあと水洗い。この水洗いがいわゆる“友禅流し”です。今は昔のように川で行っている人はいません。専用の水槽で行っています。その後、脱水・乾燥が終わったらようやく完成です。1枚の訪問着が完成するまでに半年以上はかかります」
古谷編集長「きものSalonも年に2回の発行なので、半年かけて1冊に取りかかっています。200ページ近くの誌面を制作するのと同じくらい時間がかかっているんですね」
佐藤先生「スケッチから完成まで一枚のきものと永く付き合いますし、同じものは一枚としてありませんから、完成を見る瞬間の楽しみは毎回格別です」
加賀友禅作家として何よりも大切にしているのは、着た時がいちばん美しいきものであること
佐藤先生「とにかく着ている女性をどれだけ美しく見せられるかを何よりも大切にしています」
古谷編集長「下絵の段階から身体に巻くなどして、そのバランスを考えていらっしゃいますもんね」
佐藤先生「柄の位置と同じように、暈しの位置も最初からイメージしています。この訪問着と下絵をご覧ください。下絵の赤い線がぼかしの部分。明確に指示をします」
古谷編集長「ここまでイメージしているんですね。一枚の下絵で何パターンか色を変えて作ることもあるのですか」
佐藤先生「オーダーがあればお作りいたします。地色が変わると彩色で使用する色もガラリと変わるので、作る側としても楽しいんですよ」
古谷編集長「佐藤先生、加賀五彩はなぜあの5色なのだと思いますか」
佐藤先生「そうですね、加賀五彩は自然界に存在する色なのではと思っています」
古谷編集長「すべての色を使わないといけないのでしょうか」
佐藤先生「そういう決まりはありません。ただ、僕は作品のどこかに必ず五色を入れています。すると、どんなシチュエーションにも馴染むきものになるんですよね。自然界に存在する加賀五彩は、調和の取れた美しさを持っているのだと思います」
古谷編集長「どんなところで着て欲しいですか?」
佐藤先生「そうですね、この訪問着ですと柄も多いですから、パーティなど華やかなシーンで着て欲しいですね」
古谷編集長「先生が作ったきものを着ている女性を街で見かけたことはありますか?」
佐藤先生「イベント会場でならありますが、街で偶然というのはまだありません。そんなことがあったらとても幸せでしょうね。一番嬉しいことかもしれません」
古谷編集長「加賀友禅の工程を見せていただきましてありがとうございました。先生の加賀友禅に対するこだわりも興味深く伺いました」
次回は2月のイベント春のきもの紀行「加賀友禅新作展」で発表予定の11名の若手作家の先生方による加賀友禅の新作をご紹介いたします。ご期待ください。
また、家庭画報.comにて連載の「イチから始めるきもの道」でも加賀友禅を特集しています。加賀友禅であることがひと目でわかるポイントなどを紹介。ぜひあわせてご覧ください。
佐藤賢一(さとう・けんいち)
1973年生まれ、石川県七尾市出身。子供のころから工作や絵を描くことが得意だったこともあり、高校卒業してすぐに加賀友禅作家・杉浦伸氏に師事。平成15年、独立。平成23年、フランス・ナンシー市で行われた国際見本市で加賀友禅の彩色を実演。平成29年、着物愛好者の意見をもとに加賀友禅を制作する「新しい加賀友禅」において訪問着を発表。2月に開催の春のきもの紀行「加賀友禅新作展」にて新作の訪問着を発表する11人のうちのお一人でも。
【加賀友禅「鼻緒」製作体験ワークショップ開催】
春のきもの紀行「加賀友禅新作展」にて加賀友禅作家・鶴見晋史氏による 加賀友禅「鼻緒」製作体験ワークショップを開催いたします。日時:2月15日(土)・16日(日) 各日16時~
所要時間:1時間
定員:各回4名さま
参加費:16,500円(税込・材料費込み)
お渡し期間:約2か月後
内容:加賀友禅の型染めワークショップ。お好きな型を使って彩色をしていただいた後、鼻緒に仕上げてお渡しいたします。