第3回 マーケティングのプロが分析する機械式時計の魅力
広田: デジタル社会で機械式時計が生き延びていられる理由って何だと思いますか。
石井: やっぱりストーリーでしょうね。いまや製品の機能はほぼ限界域で、商品差はほとんどありません。たとえば洗剤の世界では、落ちない汚れっていまはほとんどないんです。というのも子どもたちが靴下の泥汚れだったり、落ちない汚れをつけてこないから。そうなると特定の商品を選ぶ理由というのが、広告に出ている家族像が自分達の目指す理想に合うとかになるわけです。
広田: 時計もクォーツが出てきた時に、実用上の精度競争はある種終わっていますからね。
石井: そうなると商品を選ぶべき理由は機能の裏側にあるということ。それをストーリーテリングと言っていますが、誰が作ったとか、どういう人が使ったとか、どんなこだわりがそこにあるのかとか。ロレックスのパラクロムのひげゼンマイだ、オメガのコーアクシャル式脱進機だといっても、精度を求めたらそれを通り越してクォーツを使えばいいじゃないですか。でもそこにこだわっているというところにやっぱり男は萌える(笑)
広田: 機械式時計もコモディティの中で、各メーカーがそれぞれ語るべきストーリーを用意して、それが受け入れられているのがすごく面白いと思います。
石井: ここ10年くらい、いいものを作ってももうお客様が必要とする限界を超えているので、いかにその商品を好きになってもらうかを考えなくてはいけません。それは広告のあり方であり、マーケティングもマスからパーソナルに移っています。
広田: 時計の話とそんなに変わらない気がしますね。
石井: どうしてこの商品を買わなきゃいけないのか。時計なんて正直、時間がわかればいいわけですから。奥さんなんかには1本あれば十分でしょって言われるわけですよ(笑)。でもやはり1本では満足できないのは一つひとつにストーリーがあるし、こだわるべき理由があるから。
広田: そうですよね。その中でどうやって差別化していくのかを時計メーカーは懸命にやってきたし、スイス時計の成功もそこにあると思うんです。国産メーカーはこれまで製造業の意識が強く、その部分が弱かったですが、最近ではずいぶん変わってきました。
石井: でも持ち上げすぎるのも良くないでしょうね。フランク ミュラーなんかは結構素晴らしいストーリーがあるのだけど、手の届く範囲では時々それが乖離してしまう。
広田: そうですね。でもカサブランカなんかは好ましいですよ。
石井: 文字盤がだんだんと日に焼けていくとかね。そう聞くとフラッと手を出しそうになる(笑)
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広田雅将
Masayuki Hirota
時計ジャーナリスト・時計専門誌『Chronos日本版』編集長
1974年大阪府生まれ。会社員を経て、時計専門誌クロノス日本版編集長。国内外の時計賞で審査員を務める。監修に『100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』『続・100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』(東京カレンダー刊)が、共著に『ジャパン・メイド トゥールビヨン』(日刊工業新聞刊)『アイコニックピースの肖像 名機30』などがある。時計界では“博士”の愛称で親しまれており、時計に関する知識は業界でもトップクラス。英国時計学会会員。
石井龍夫
Tatsuo Ishii
花王デジタルマーケティングセンター シニアフェロー
1980年花王株式会社に入社、販売部門を経験した後、本社事業部門でブランドマーケティング業務に14年間従事。その後、花王のweb活用の戦略立案と企画運営に携り、2014年にデジタルマーケティングセンターを設立し、2016年12月の退任までセンター長として花王のデジタルマーケティング活動を統括。現在は、デジタルマーケティングセンターのシニアフェローを務めている。また、社外では、日本マーケティング協会のマーケティングマイスターやデジタルメディア広告電通賞の審査委員長などの職務も兼任。