歯車族バトン
2020/12/10
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第10回ウォルター・ランゲ・ウォッチメイキング・エクセレンス・アワード 最優秀賞 篠原那由他2-栄冠に輝いた時計の魅力とは?

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広田: 第10回『ウォルター・ランゲ・ウォッチメイキング・エクセレンス・アワード』で最優秀賞を受賞した篠原さんの『スロームービング・レトログラード』について簡単に説明しますと、この時計はダイヤル側に時と分をそれぞれ独立させたレトログラード式表示で、裏側にはスモールセコンドを搭載しています。ランゲに提供されたユニタス製キャリバー6498-1を根本的に篠原さんが作り直して、遠心調速機を利用して針を戻すように二つの輪列を組み込んでます。これによって、メイン表示が最後の目盛りに達したらゆっくりと穏やかに始点に戻るわけですね。この発想はどこから?

篠原: 作る前にドイツのドレスデンに1週間くらい研修に行って、ドレスデンの街を見たり、ランゲの会社に行ってエングレービングの体験や、サクソニアの分解組み立ての体験をさせてもらいました。


ドイツの研修の様子。写真提供:篠原那由他

広田: サクソニアとはランゲのベーシックな三針のモデルですね。

篠原: そうです。ドレスデンの街中のオペラにも行きました。

広田: ゼンパー・オーパーですね。

篠原: はい。そこにある”五分時計”という大きい時計の機構は見たんですが、これが面白いので取り入れられないかというのが一案。これがスロームービング・レトログラードなんです。また、ジャンディブというレトログラードの時計をたまたま持っていて、このベースはクオーツですが、その上にレトログラードのモジュールが乗っていて、これを参考にカムや爪を作っていきました。


ドイツ・ザクセン州の州都ドレスデンにある州立歌劇場の愛称「ゼンパー・オーパー」前で。写真提供:篠原那由他

広田: 『ウォルター・ランゲ・ウォッチメイキング・エクセレンス・アワード』は、日本からは1人で参加して、研修を受けて、そして「これ作れや」みたいな話になるんですか。

篠原: そうですね。最初は「来てくれてありがとう」という感じで、一緒に研修したメンバー7人と観光したり、ご飯を食べたりして5日間を過ごして、最終日に「今回の課題は『自由に選べるレトログラード式表示の設計と製作』です」と発表されて、「じゃ、頑張ってね」みたいな。「あ、はい、頑張ります」という感じです。

広田: 「頑張ってね」から完成させて納品させるまでに、大体どのくらいの時間があったのですか。

篠原: 研修に行ったのが5月のゴールデンウイーク明けで、今回の提出は前回よりも2か月くらい遅れましたから、今年の年明けに提出となりました。


篠原氏の作業デスクの様子。写真提供:篠原那由他

広田: ということは、正味6か月間でゼロから考えて制作したわけですね。6か月は短いなあ。ちなみにジャンディブ『セクトラ』のレトログラードモジュールを設計したのは、デュボア・デプラですね。あれは初期のレトログラードの傑作ですが、それを踏まえ、針の戻しをゆっくりさせるというのが最初のプロトタイプだったわけですね?普通のレトログラードは、針をすぐ戻しますからね。

篠原: プロトタイプでは24時間を表示させる大きな歯車がありましたが、歯車が多いとトルクもが必要になるので、実際にはそこまでは出来なかったので外しました。

広田: こういう見た目ですけど、実はガチガチに仕上げてある。日の裏側(文字盤側)には機構を足したんですか。

篠原: ツツカナまでは普通の6498です。ベースはそのままですが地板を追加で加工して日ノ裏車やツツ車を足して。それから上を作っていったという感じですかね。

広田: ムーブメント側は完全に受けもやり直していますよね。

篠原: 実は、3年生の授業で受け装飾という授業があるんです。その時間にやったものです。

広田: かなり綺麗に仕上げていますよね。まったくやったことがない人とは思えない。素材は真鍮ですか。

篠原: そうです。ベースが真鍮の受けなので、それをやすりで削ったりとか、糸鋸で切ったり、最後は面取りして磨いて。

広田: 『ウォルター・ランゲ・ウォッチメイキング・エクセレンス・アワード』は、機構のユニークさも含めて、とりわけ見た目の格好良さも今回はかなり重視されたみたいですね。 より製品に近く、製品としたときにも魅力的であろうものに対して、より一層評価していくという方針が強かったようです。レトログラードの歯を噛ませてグッと動かして、ある一定のところまできたら、ゆっくりと戻っていく。今までのレトログラードとは違ったゆっくりとした動きはすごく面白いと思います。あれはどれくらいのスピードで戻るのですか。


笑顔で完成した時計の説明をしてくれた篠原氏。

篠原: 実は、歯車の数が4つあって、車が多くなればなるほど、どんどんゆっくりになっていきます。

広田: レトログラード輪列の最後に設けられたガンギ車がスピードを安定させていくのですか?

篠原: ガンギ車は最後に回転する歯車として使っていて、アンクルを取り付けていないので、カタカタはしません。

広田: それでゆっくり戻る。トルクのコントロールは難しくないですか。

篠原: めちゃめちゃ難しいです。針を元の位置に戻すための板バネが2つありますが、このバネの加減が大変です。

広田: はじめてのトライにしては大変な選択をしましたね。

篠原: そうなんですかね。ただ、レトログラードの機構自体は、昨年先輩が作っていたものよりは、割と作りやすい課題とは思ったのですが、やってみると、やっぱり難しかったです。

広田: 最も大変だったことは何ですか。

篠原: 一番複雑なのは2番車前の香箱のようなパーツがあって、ラチェットの歯車や串歯という歯車、爪など、4層か5層くらいのレイヤーになっているパーツがある。そこの高さ関係のコントロールが難しかったですね。


製作途中の時計。写真提供:篠原那由他

広田: 完成したのはいつ頃ですか。

篠原: 菊野先生に見せることができたのが、12月なってからです。年末年始は学校の歯ざらい機を電車で家に持って帰らせてもらって、家で作業をしていました。パーツの予備もないし、やりすぎたり、コマを間違えたりすれば、噛み合わなくなって動かなくなってしまうので緊張感の中での作業はきつかったです。

広田: よく完成させましたよね。

篠原: よく出来たなと思います。

広田: ここで評価されることは、時計師として可能性があることの証です。受賞後の感想はいかがですか。

篠原: 受賞の知らせをメールでいただいたのですが、正式発表前は一般に公開してはいけないということでしたので、ごく一部の方にしか伝えられませんでした。それこそ菊野先生にも言えずにいました。正式に発表後はたくさんの人に「おめでとう」と言ってもらえて、すごく嬉しかったですね。

広田: 日本のスモールウォッチメイキングは菊野さん、浅岡さんによって拓かれてきたのですが、まさか『ウォルター・ランゲ・ウォッチメイキング・エクセレンス・アワード』で賞を獲る人が出てくるとは正直思っていなかったですね。それもこうやって対談できるなんて。今後がとにかく楽しみです。

篠原: ありがとうございます。

写真 奥山栄一

 

次回は、第10回ウォルター・ランゲ・ウォッチメイキング・エクセレンス・アワード 最優秀賞に輝いた「篠原那由他さんへのQ&A」です。

第1回 第2回
広田雅将さん

広田 雅将
Masayuki Hirota

時計ジャーナリスト・時計専門誌『Chronos日本版』編集長

1974年大阪府生まれ。会社員を経て、時計専門誌クロノス日本版編集長。国内外の時計賞で審査員を務める。監修に『100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』『続・100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』(東京カレンダー刊)が、共著に『ジャパン・メイド トゥールビヨン』(日刊工業新聞刊)『アイコニックピースの肖像 名機30』などがある。時計界では“博士”の愛称で親しまれており、時計に関する知識は業界でもトップクラス。英国時計学会会員。

篠原那由他さん

篠原 那由他
Nayuta Shinohara

 

1994年生まれ。大学卒業後、東京ヒコ・みづのジュエリーカレッジへ進学し、現在は研究生。第10回ウォルター・ランゲ・ウォッチメイキング・エクセレンス・アワード最優秀賞を受賞。

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