第2回「19歳の憧れをいまも変わることなく貫く」
広田:苦難を供にした6263に対しては、思い入れも強いでしょう。
杉本:すごくあります。結果的にこれがきっかけで、自分自身も時計というものを資産価値として見るようになって、デイトナもクリスティーズのオークションの落札価格を見せてもらったり、15万円ぐらいする書籍を海外から取り寄せて。好きで欲しいと思っているから調べるんですけど、見ているだけで楽しいじゃないですか。再起してから初めて5億ぐらい利益が出た記念には、パンダ文字盤と言われている6263のマークⅠのデイトナ ポール・ニューマンを買いました。
広田:やっぱりデイトナだったんですね。これはもうデイトナを買い続けるしかない(笑)。魅力はどこに?
杉本:腕時計のデザインとして、シンプルで完成されているところ。TPOもあまり選ばないし。しかも資産価値があって、僕としてはこれ以上に愛せる時計はもうないと思います。それぐらい好きな時計ですね。
広田:藤原ヒロシさんに憧れてということでしたが、デイトナに興味を持ったのはいつ頃なんですか。
杉本:19歳ぐらいですね。いつかこういうのを買いたいなと思っていて。サラリーマンになって頑張って稼いで、21歳の頃、当時の現行モデルを初めて買いました。24歳の時に買ったエルプリメロを搭載した16520は、取締役の部下が業績を達成した記念にあげてしまいました。そして初めて利益が1億になった記念に手に入れたのが6263でした。
広田:そう考えると、杉本さんの人生って一貫性がありますね。最初に好きになった時計があって、利益が出たら買っていく。しかも手にした6263が、たまたまとはいえ、お守りのように残っている。それは多分筋を通して生きてきたからでしょう。
杉本:端からはそう見えるかも知れませんね(笑)。でもビジネスもそうですが、自分が儲かるからとか儲かりそうだなと思って手を出すと、ことごとく失敗しています。でも自分がこだわりを持って、買ったり、作った物件は間違いなく売れていたんです。デイトナにしても、自分が大好きで、それだけ思いがあって買ったものであり、多少高かったとしても資産価値を考えれば、それは無駄遣いにはならないと思います。
広田:なるほど、不動産の物件選びにも通じますね。
杉本:不動産も自分が好きかどうかですね。住みたい場所かどうか、自分がここを買って住んでもいいなと思える場所しか選びません。
広田:自分の作りたいものを作るという、本来のあり方に戻るというか。
杉本:そうですね。数年前にグループ会社が増え、売り上げや社員が増えた時に、グループの社長たちは、ビジネスをもっと拡大しようとなったのですが、僕はそういう事業はやりたくないと反対しました。二度とああいう思いはしたくないし、自分が好きだと思える場所で、お客さんに自信を持って勧められる事業をやりたかった。結局、会社を売却し2社にしました。そうするとすっきりした感じ。それにこの間、シェアハウスの問題なども起こり、儲かると手を出した業者は大変なことになっています。やっぱり自分がいいと思える、信じられる場所じゃないと。それに自分が買った後も後悔しないかという尺度で考えると、あまり服も買わなくなりましたね。ものが増えなくなりましたよ(笑)。
構成・文 柴田 充
写真 奥山栄一
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広田 雅将
Masayuki Hirota
時計ジャーナリスト・時計専門誌『Chronos日本版』編集長
1974年大阪府生まれ。会社員を経て、時計専門誌クロノス日本版編集長。国内外の時計賞で審査員を務める。監修に『100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』『続・100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』(東京カレンダー刊)が、共著に『ジャパン・メイド トゥールビヨン』(日刊工業新聞刊)『アイコニックピースの肖像 名機30』などがある。時計界では“博士”の愛称で親しまれており、時計に関する知識は業界でもトップクラス。英国時計学会会員。
杉本 宏之
Hiroyuki Sugimoto
シーラホールディングス会長
1977年生まれ。高校卒業後、住宅販売会社に就職して22歳でトップ営業マンとなる。24歳のときにエスグラントコーポレーションを設立。デザイナーズワンルームマンションの開発を皮切りにプロパティマネジメント、賃貸仲介業、人材派遣業、リノベーションなどと事業を拡大し総合不動産企業に成長させる。2005年には名証セントレックス市場に業界最年少で上場を果たす。2008年、リーマン・ショックによって業績が悪化し、負債400億円を抱えて、2009年3月民事再生を申請。2010年にSYホールディングスを設立し、現在は売上高100億円を超えるまでに成長。著書は『30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由』(ダイヤモンド社)など。