歯車族バトン
2020/01/17
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牧野「時計は人と人をつなぎ、時代をつなぐ」3-「時計が繋ぐ、百貨店と顧客のより良い関係」

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第3回「時計が繋ぐ、百貨店と顧客のより良い関係」

広田:大規模にリニューアルしたウォッチギャラリーをとても好意的に思います。それは “間口は広く奥深く”という印象であり、それが理想だと思っているからですが。

牧野:そうですね。カシオG-SHOCKを始め、60ブランド以上の時計を揃えましたが、やはりウォッチギャラリーということで、今まで平置きでやっていたところを部分的に時計を立ち上げてギャラリーのように見ていただくようにしました。時計は、購買頻度でいうと年に1本買う方ってほとんどいません。それこそ数年に1回とか何かの記念だったり。でも下見はしたい。ところが自分で言うのも何なんですけど、百貨店ってすごく敷居が高いじゃないですか(笑)。それをいかに面白くできるかというのが今回のテーマでした。とくに百貨店では入りやすいお買場ってよくいわれるのですが、むしろ出やすいお買場というのがポイントなんです。お買場に入ったらそのまま押し付けられるんじゃないかという恐怖感がある(笑)。だからいかに出やすいお買場を作るかというのがキーでした。ここなんか店員が寄ってきてもすぐ逃げられますからね(笑)。

広田:確かに流れるようにスーッと見ていけます。

牧野:それだけいいお買場ができたなと思いますよ。


ウォッチギャラリーは従来の対面型の商品陳列から、美術館やギャラリーでアート作品を鑑賞するような空間に。時計愛好家たちが注目する独立系ブランドも充実しています。

広田:三越という“ザ・百貨店”であり、さらにその極みのような高額商品の売り場をあえて自由に見てくださいという打ち出し方はとてもユニークですね。

牧野:日本初の「デパートメントストア宣言」という暖簾の重みを先人から引き継いでいくなかで、もっと広くマスへのアプローチを考えていたんですが、最近敷居が高いというのは決して悪いことばかりじゃなく、これを強みにしようと思うようになりました。敷居は高いけど、中に入ったら意外に楽しい。これをウォッチギャラリーは表現できたかなと思っています。

広田:幼い頃、百貨店で食事して買い物するというのが我が家のレジャーだったんです。結局そういうのが百貨店の楽しさのひとつじゃないか。それが改めてこういう形で出してこられたのが面白い。

牧野:おっしゃる通り、昔の百貨店は、屋上に遊園地があって、お子様ランチがあって、おもちゃ売り場がありました。じゃあ今は何が楽しいんだろう。世の中には本格的なアミューズメントパークやレストランがあるし。そうなると見て楽しいとか、百貨店の本質的なものに戻ると思うんですよね。

広田:その点では、スピーク・マリンやローラン・フェリエといったマニアックなブランドから、ラドーやロンジンといった馴染みのあるブランドまで、ここまでの幅広い品揃えは普通の時計店ではなかなかできません。

牧野:その点ではマスに向けてとか、百貨店としてそういうことをずっとやり続け、お取り組み先にもご協力いただける関係を持てたというのがよかったのでしょう。

広田:非常に納得したのは、牧野さんの立場であればパテック フィリップやA.ランゲ&ゾーネ、ブレゲなんかをイメージしていたのですが、でもそうではなく、普通の人でも手が届くブランドを愛用されていたことです。


課長になった記念に購入したという、ロレックスGMTマスター。

牧野:そうですね。憧れの時計も手の届く範囲かもしれませんが、例えば僕が高級時計をしていたら、やはりお客さまはあまりいい気持ちじゃないと思います。だからそれは定年してから買います、買えたら(笑)。

広田:なるほど、そのバランス感覚がウォッチギャラリーの根底にあり、浸透しているのかもしれませんね。現在、三越全体で進んでいるリニューアルの考え方も基本的にその方向性ですか?

牧野:そうですね。やっぱり楽しんでいただきたいと思います。ですから時計だけじゃなく、宝飾や食品まで全館を横断するようなコンシェルジュ制度にもトライしているところです。これは、お客さまひとりに対して相談に乗り、他のお買場に繋げる体制であり、昨年10月から始めました。それがやっとお客さまに認知されるようになったので、これからもっと面白くなるかなと思っています。百貨店のビジネスはやはりネットに圧されています。ただ時計のようなこれだけ付加価値がある商品を扱うには、最後は人というのがすごく大切になるでしょう。そのためにはまずお客さまのご要望を聞き出して、提案するというのが基本的な考え方です。時計選びには価格帯や用途、好みだけでなく、社会的な立場だったり、ライフシーンも関わります。そして時計に合わせるなら、服ならこう、お持たせならこう、とすべてが提案できる。その相談相手として、私たちを思い出していただければいいかなというのが、今の三越がやろうとしていることです。

広田:百貨店って元々セレクトショップの先駆けじゃないですか。そこへの回帰にプラスしてコンシェルジュということですね。それはすごく面白い。

牧野:ありがとうございます。頑張って続けていきたいと思います。

広田:僕自身、時計と百貨店ってすごく親和性があるなと思っています。売ったら売りっぱなしじゃなく、付き合いが続くじゃないですか。

牧野:僕らが入社した35年前は、お客さまの箪笥の中身まで知っているのが優秀な販売員だと教えられました。時計も、この前お買い上げになった時計に対し、じゃあ次はこうですねと勧められるか。そういう接客と時計は親和性があるんじゃないかなと思っています。

広田:クルマや不動産ともちょっと違いますしね。そういう意味で、商いの中でも時計は人との付き合いがずっと続いていくように思います。

牧野:生意気なようですが、お客さまとずっとお付き合いして、その方の成長の過程を共有できるか。一緒に喜び、悲しい時には一緒に悲しみ、じゃあ次一緒に頑張りましょうと言える関係性を作りたいと思います。人生の節目でお役立ちできて、「これはあの時のですよね」みたいに振り返ることできれば最高ですね。

広田:それができるのが強みでしょう。これだけ間口が広ければ、大学卒業時のエントリーブランドから、社会人として出世していくにつれ高級ブランドへとシフトできる。物を買っていくという行為は、人との繋がりの中での面白さでもあり、そこに回帰していく人達はいると思います。その中でいいスタッフが揃って、いい売り場があるというところが強いんじゃないかなと実感しました。

牧野:ありがとうございます。ぜひそうなれるように頑張っていきます。売上の規模や面積など日本一とか世界一にはその計り方はいろいろあります。でも日本一買いやすいとか世界一親切とか、数字に表れないところにこだわりたいですね。なにしろイチという言葉が好きなので。

広田:ウォッチギャラリーの今後の展開が楽しみです。どうもありがとうございました。

 

取材・構成 柴田 充
写真 奥山栄一

今回で、三越伊勢丹 執行役員 日本橋三越本店長 牧野伸喜氏との歯車族対談は終了です。

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広田雅将さん

広田 雅将
Masayuki Hirota

時計ジャーナリスト・時計専門誌『Chronos日本版』編集長

1974年大阪府生まれ。会社員を経て、時計専門誌クロノス日本版編集長。国内外の時計賞で審査員を務める。監修に『100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』『続・100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』(東京カレンダー刊)が、共著に『ジャパン・メイド トゥールビヨン』(日刊工業新聞刊)『アイコニックピースの肖像 名機30』などがある。時計界では“博士”の愛称で親しまれており、時計に関する知識は業界でもトップクラス。英国時計学会会員。

牧野 伸喜さん

牧野 伸喜
Nobuki Makino

三越伊勢丹 執行役員 日本橋三越本店長

1961年生まれ。大学卒業後、株式会社三越に入社し、日本橋三越本店に配属。その後、名古屋三越や仙台三越などに勤務。長く紳士部門を担当。伊勢丹浦店店長を経て2019年4月より現職。

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