歯車族バトン
2020/04/23
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菊野「作り手の情熱が見える機械式時計を追求する男」4-独立時計師 菊野昌宏へ歯車族が聞きたかったことQ&A集

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第4回「独立時計師 菊野昌宏へ歯車族が聞きたかったことQ&A集」

Q1:菊野さんが腕時計に求めるものとは?日本人ユーザーはとくに正確さを求めると思いますが、スマホやクオーツに対抗できるものは何だと思いますか。

菊野:わくわくできることが大事じゃないですか。ただ単に数値としての正確さはありますが、そう考えた時に、では100m走は何のためにあるんだろうと思うんですよ。100mを速く移動するための手段は色々あって、あえて今の時代に人がわざわざ走って速さを競うのは、同じスピードという意味でもちょっと違うと思うんですよね。機械式時計で精度を追求するというのも同じような違いがあって、もちろんクオーツで正確な時計はできているけれど、だからといって全部それでいいのかというとそうじゃない。手作業でヒゲゼンマイなんかを修正してなんとか精度を出すから面白いんであって、そこが機械式の魅力というか。クオーツ時計はある意味、職人がいなくても素晴らしい時計ができるというすごい技術だと思います。本来それで満足できれば最高だったと思うんですが、人間とはじつに不合理な生き物で、それだけでは満足できない。皮肉なものですね。

 

Q2:手作りに象徴される、菊野さんのアナログに対する思いとは、どういうものなのでしょう。

菊野:やっぱり人間に対する思いじゃないでしょうか。時計の魅力で僕自身が感じるのは、時計は科学と哲学が融合したものということです。科学という点で見た時計は、クオーツで完成していても人類はそれで満足しなかった。そこから機械式時計がまた復活したというのは、それはもう哲学のジャンルであり、スペックで表せるものではなくて、どう生きるかみたいな、何でこれが好きなのかとか、そういう感情を考えることだと思います。手作業でやる理由もそこにある。哲学的な領域というか。科学で達成でき、それでも人が満足できないものを埋めるものは何なのかという答えが、私にとっての手作業なんです。手作業でやれば、もちろん実感があるわけですよ。自分の手で、意味のない形の金属が意味のある部品に変わっていく。手作業のもの作りには、そういう喜びがあります。僕が製作時にプロセスを記録して写真集としてお客さんに渡すのも、作業の一部を見てもらうことで作り手の満足をお客さんにも共有していただきたいからなんです。


「トゥールビヨン2012」
すべて手作業によって作られたユニークピース。

Q3:時計づくりの発想の基みたいなのはあるんですか。

菊野:古いものを見るのも好きですね。明治時代のすごい職人技の工芸品とか、超絶技巧の金工作品とかもすごいと思いますし、江戸時代の根付や印籠、蒔絵とかも素敵だと思います。建物も色々刺激を受けますね。それこそ素材というかアイディアというか、まだまだ知らないすごいものって日本国内だけでも滅茶滅茶埋まっていると思います。そこに根ざす考え方や文化・風習も含めて。だからネタは限りなくありますし、それで刺激を受け、考え方も含めて頭の中で混ざって何かの形になる。そこにお客さんの要望や持っている哲学とが合わさって、「じゃあ、こういうのではどうでしょうか」みたいな感じで発想が生まれてきます。蓄積していたものが噛み合うみたいな感じでしょうか。

 

Q4:100年後くらいに菊野さんの時計を修理したいとなったら、誰に頼めばいいでしょう。

菊野:心得のある時計師なら、分解しながら構造を理解して直すことはできると思うんですが、今後、時計師の修理できるレベルが低くなっていくと、もうお手上げになるかもしれないですね。ただ今から200年前とかの時計もまだ残っていて、クォーツショックの時代にはそれを直せる人はほとんどいなかったと思いますが、それを修理できる人は昔より増えていると思います。だからその時の情勢によってどうなるかとしか言えないですね。この前シンガポールに行ったら、現地のコレクターの方が印象的なことをおっしゃっていました。「あなたが死んだら直せない、それでも構わない」と言うんですよ。「そんなことはどうでもいいんだ。僕は今この瞬間にあなたの作品を手にできる、そこに価値を感じているから。永続性とか別にそういう問題じゃなくて、僕自身が今このパッションを受け取れることが大事なんだ」ということを熱く語られました。あぁ、そういう考えの人もいるのかと。割とアートに近い感覚なんでしょうね。もちろん、面倒みませんというわけじゃないですが、結局はどれだけいいものでも、いつかは消滅しちゃいますからね。それが早いか遅いか。人間の一生もたかだか100年と考えた時に、結局永遠はなくて、早いか短いか。だからその瞬間をどう楽しむかということなのかなと思ったりしましたね。

Q5:独立時計師は、集中力やモチベーションが非常にたくさんいる仕事だと思いますが、それをどうやって維持していますか。

菊野:私にとって、時計作りはそんなに集中力を要する作業じゃない、と言うとちょっと語弊があるかもしれませんが、それだけ自然なことなんですよね。そこまでストレスにならないというか。あまり区別がない感じでしょうか。時計を作ること自体が仕事であるけれども、遊びでもあって、趣味でもある。特にそういう仕事と遊びのような区切りがないというのが正直なところでしょうか。だから集中力を維持するため、休日に違うことをして気分転換するとかはありません。割と淡々と日常としてやっている感じ。しかも年間3本の製作ですが、やることは多岐に渡るんですよ。例えばこういうトークショーに出たり、プロセスの写真集を作るのもそうだし、新しい時計の構想を練ったり、お客さんと連絡をとったり。結構いろいろなことをやるので、多分そんなにストレスがないのかなぁと思います。でも1年中ネジだけ作ってろと言われたら、3日くらいで嫌になると思うんですけど。

 

Q6:これから機械時計を買いたいという女性に「これはお薦め!」という時計はありますか。

菊野:いやぁ、難しいですねぇ。でもやっぱり自分がいいと思ったものがいいとしか言えないですよね。自分で調べて、比較した上で選んだものは、その人にとってすごくいいものだと思うんですよ。他人がどうこうじゃなくて、自分がどうかというのを貫けるかどうかが、時計に限らず、趣味を楽しめるコツかなと思うんですけど。ちなみにうちの奥さんは、クオーツでいいと言っていましたね(笑)。さんざん近くでこういうことをやっているのを見ているのに、「気に入れば、私は別にクオーツでもいい」と。すごく達観していらっしゃる (笑)。本当に時計の魅力は多様性。それでいいと思うんですよ。正解はないですからね。

構成・文 柴田充
写真 奥山栄一

今回で、独立時計師、菊野昌宏氏との歯車族対談は終了です。

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広田雅将さん

広田 雅将
Masayuki Hirota

時計ジャーナリスト・時計専門誌『Chronos日本版』編集長

1974年大阪府生まれ。会社員を経て、時計専門誌クロノス日本版編集長。国内外の時計賞で審査員を務める。監修に『100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』『続・100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』(東京カレンダー刊)が、共著に『ジャパン・メイド トゥールビヨン』(日刊工業新聞刊)『アイコニックピースの肖像 名機30』などがある。時計界では“博士”の愛称で親しまれており、時計に関する知識は業界でもトップクラス。英国時計学会会員。

菊野 昌宏さん

菊野 昌宏
Msahiro Kikuno

1983年北海道生まれ。高校卒業後、陸上自衛隊に入隊。2005年に自衛隊除隊後、ヒコ・みづのジュエリーカレッジに入学して時計づくりを学ぶ。卒業後も研修生として自身の作品を製作。同校講師を経て2012年に独立。2011年、スイスの独立時計師協会(AHCI)に日本人で初めて準会員として入会。世界最大の宝飾と時計の見本市「バーゼル・ワールド」に初出展。2013年、AHCI正会員。 https://www.masahirokikuno.jp/

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