歯車族バトン
2018/09/21
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シーラホールディングス会長 杉本「再起を掛けた男の情熱とこだわり」1- すべてを失った時に唯一残ったロレックス

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シーラホールディングス会長
杉本宏之

24歳で不動産会社エスグラントコーポレーションを立ち上げ、28歳のときには不動産業界で最年少の上場経営者となる。しかしリーマン・ショックのあおりを受けて、30歳で400億円もの負債を抱えて、民事再生法を申請。杉本氏も自己破産をする。すべてを失った中で多くの人に支えられ、その後民事再生手続を完了。2010年にシーラホールディングスを立ち上げて同じ不動産ビジネスで再起を期す。現在は売上高100億円を超えるまでに成長している。波乱万丈な運命を背負いながら、そこで学んだことはビジネスだけではなく、モノ選びにも生きているという。

第1回「すべてを失った時に唯一残ったロレックス」

広田:杉本さんは、若くして起業され、成功を収められた後、一度は民事再生を申請したものの、再び急成長されました。波乱万丈のなかで、時計の買い方は変わりましたか。

杉本:以前はダイヤモンドがギラギラだったり、流行りものを思いつくままに手を出していました。振り返ってみれば、当時まだ28歳程度にも関わらず、100億近い資産が転がり込んできて、ちょっと勘違いしました。それはモノの買い方もビジネスの仕方も。

広田:著書では、業績の罠にとらわれたと書かれていましたね。

杉本:そうですね。売り上げ利益がどんどん上がっていくうちに、もっと稼ぎたい、売上げを伸ばしたい、収益を上げたいということに目的が変わってしまいました。自分でも28歳でディベロッパーをやっていて、200億ぐらい売り上げているのは世界にもなかなかいない、なんて勘違いしてしまって。そんなのはまやかしなんですけど。

広田:そのスピードで上場したらそうなりますよね。

杉本:本来はお客様に喜んでもらえるものを作って、お客様の課題を解決した結果、その対価としていただくのがお金なんだということを忘れてしまった。2009年に民事再生して、すべてを失った時に気付きました。多大なる勉強料を支払いましたし、多くの方にも迷惑をかけてしまったんですが、31歳でそれに気付けたというのは、勝手な話ですが長い人生の中ではよかったのかなと思っています。結局、自己破産の道を選んだのですが、その時、時計も全部売りました。

広田:残さずにすべて売ったんですか。

デイトナRef.6263/Cal.727搭載の第2世代。ねじ込み式プッシュボタン採用。70年代。

杉本:ええ。でも今残っているヴィンテージのロレックス デイトナの6263だけがその時に売れなかったんですよ。アンティークで真贋判定に時間がかかり金額も高額だったので、リーマンショックのご時世では売れないと言われて。

広田:これはいつ買われたんですか。

杉本:2003年です。

広田:じゃあ早い段階で。さすが目利きですね。

杉本:藤原ヒロシさんに憧れた世代なので、本人がロレックスを着けているのを見て買ったんです。

広田:杉本さんはデイトナのコレクターと伺っていますが、それ以前にデイトナは買われていたんですか。

杉本:会社員時代に1本、2001年の起業時にデイトナの自動巻きの第1世代16520を買いました。

広田:それで時代を遡って6263を買うって大胆ですね。

杉本:当時はまだ普通にヴィンテージウォッチの店頭に並んでいましたから。今は5本のデイトナと、リシャール・ミルを1本持っています。別にデイトナのコレクターだとかマニアでとかじゃなくて。ただ単純にデイトナが好きだったので、その都度買い足していったらこうなったという。

広田:でも6263が最後に残ったというのも象徴的ですね。若いうちに買って、会社を一度閉められた時にも残って、今なおコレクションのトップに輝く。

杉本:それだけですからね。残ったのって。クルマから服から貴金属から何もかも全部売り払ってしまって(笑)。

 

構成・文 柴田 充
写真 奥山栄一

次回は、歯車族、杉本宏之の19歳の憧れをいまも変わることなく貫くをご紹介いたします。

第1回

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広田雅将さん

広田 雅将
Masayuki Hirota

時計ジャーナリスト・時計専門誌『Chronos日本版』編集長

1974年大阪府生まれ。会社員を経て、時計専門誌クロノス日本版編集長。国内外の時計賞で審査員を務める。監修に『100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』『続・100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』(東京カレンダー刊)が、共著に『ジャパン・メイド トゥールビヨン』(日刊工業新聞刊)『アイコニックピースの肖像 名機30』などがある。時計界では“博士”の愛称で親しまれており、時計に関する知識は業界でもトップクラス。英国時計学会会員。

杉本 宏之さん

杉本 宏之
Hiroyuki Sugimoto

シーラホールディングス会長

1977年生まれ。高校卒業後、住宅販売会社に就職して22歳でトップ営業マンとなる。24歳のときにエスグラントコーポレーションを設立。デザイナーズワンルームマンションの開発を皮切りにプロパティマネジメント、賃貸仲介業、人材派遣業、リノベーションなどと事業を拡大し総合不動産企業に成長させる。2005年には名証セントレックス市場に業界最年少で上場を果たす。2008年、リーマン・ショックによって業績が悪化し、負債400億円を抱えて、2009年3月民事再生を申請。2010年にSYホールディングスを設立し、現在は売上高100億円を超えるまでに成長。著書は『30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由』(ダイヤモンド社)など。

第1回
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