歯車族バトン
2019/02/01
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KIKUCHI NAKAGAWA代表 中川「いい時計の条件」2- 機械の技術進歩が時計をさらに美しくする

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クロノス編集長 広田雅将氏と共に、時計の魅力やこだわりを熱く語っていただくことでご好評を得ている、歯車バトン対談。
昨年末はその特別編として、独立時計メーカー『KIKUCHI NAKAGAWA』の中川友就氏をゲストにお招きして、“いい時計の条件”について語り合っていただきました。
今回対談の後半として、いい時計の条件の一つである仕上げについて伺います。

独立時計メーカー『KIKUCHI NAKAGAWA』とは?

日本は、GPSソーラーなどの独自の先進技術や、伝統的なマニュファクチュールの技術も擁する時計生産先進国である。そして大手メーカーばかりでなく、新進の独立系ブランドも多く誕生している。KIKUCHI NAKAGAWAもそのひとつ。パリで時計作りを学んだ後、現地で時計修理の実績を重ねた菊池悠介と、刀匠修業から時計師に転向し、シチズン時計勤務や小規模時計製造のプロセスを経験した中川友就というふたりの時計師が昨年立ち上げた。そのデビュー作となるMURAKUMOは、王道スタイルである小径の2針+スモールセコンドに、ブレゲ数字やスペード針といったスイス時計の伝統に則った意匠をちりばめる。こうした先人へのリスペクトに加え、ブランドの個性を主張するのがケースや針に施された“磨き”だ。現代の匠と呼べる手仕事により、類い稀な美しさが際立つ。クラシックかつモダン。日本ならではの美的感性と熟練の技が生んだ注目作だ。

第2回「機械の技術進歩が時計をさらに美しくする」

広田:今の時計は総じてケースの仕上げが良くなっています。それは、ベースのブランクが良くなったと考えればいいんですか。

中川:そうですね。やっぱり工作機械の精度が良くなったというのが一番大きい。最初のブランクの状態で面がある程度整っていると、そのあとの工程もどんどん楽になります。バフを当てる時間が短ければ短いほど、当然綺麗にダレないというわけです。

広田:面がダレなければ、角も落ちにくいですよね。

中川:たとえばロイヤル オークもそうですよね。工作機械の精度が良くなったからこそ、今のあのバリッとした感じに仕上がっていると思います。

広田:昔のロイヤル オークもいいことはいいですけどね。下地の加工精度を上げたおかげで、今の時計はすごく優れた外装を得られる。

中川:そうですね。僕もその恩恵にあずかっていると言っても過言ではない。

広田:仮に昔と同じ製法でやったら、どのぐらい時間がかかります?

中川:磨くだけで4日ぐらい、下手すると1週間ぐらいかかっています。でももっと粗いブランクだったら、そこからプラス2日3日かかるんじゃないかなという気がします。

広田:そういう意味では、いい時代に生まれたかなと僕らは思いますね。

中川:確かに時計の値段も上がっているけど、質は圧倒的に昔に比べて上がっています。その一部は機械が担っているんだけれど、でもやっぱり人が関わっているんですよね。昔よりは手間暇かけてやっていてもなかなかそこは伝わりにくいんですが。

広田:確かに現在の時計製造は最新の工作機械が並んでみたいなイメージがありますが、最終的には人が見ていくものですよね。

中川:やっぱり職人技が入っていて、それがなければこんな綺麗なケースはできないわけですから。

広田:ムーブメントにしてもエボーシュが入っているから駄目とかよく言われますけど、あれだって職人技が反映されていますよね。

中川:我々もMurakumoに関してはヴォーシェのムーブメントを入れていますが、あれもそんなに簡単にできるわけじゃありません。我々みたいな小さいメーカーでは、とてもじゃないけど難しい。そういうところも含めて楽しむのが時計なんじゃないかなという気がします。もちろん個人で時計を一から作るのもいいですけど、それ以外の要素もいくらでもあるよと。

広田:エボーシュのムーブメントでヴォーシェのムーブメントを選んだ理由は?

中川: ETAやセリタのほか、ソプロード、あるいはドイツなど選択肢は多いのですが、まず信頼性があること。それからデザイン上、6時位置のスモセコの位置にはこだわりました。ムーブ径が大体30mmで、この位置にスモセコがあるのはヴォーシェしかなかった。その段階では厚みはあまり気にしていませんでしたが、結果的にマイクロローターだったので、薄いドレッシーな時計にもなりました。

広田:確かにいいバランスでスモールセコンドが置かれています。

中川:よくぞ我々のためのムーブがあった、というぐらい。スモセコの大きさと位置、見た目の良さというのはこのムーブじゃないとできなかったですね。

広田:36.8mm径のケースもいいサイズですね。

中川:ラグ幅はあえて大きめにとっています。デザインを担当した菊池さんにお願いしたのは、とにかく他にないもの、その一点のみでしたから。

広田:Murakumoは今後どんな展開を考えていますか。

中川:現在の黒文字盤に、もう1種類か2種類ぐらい色違いがあってもいいかなとちょっと思っています。将来的にはクロノグラフとかパーペチュアルカレンダー。究極を言えば、自社ムーブメントはいつか作りたいなと思っています。

広田:そう、以前こういうムーブメントをやりたいって話してくれましたよね。

中川:オーデマ ピゲのVZみたいな。あんな感じの手巻きが作りたいんですよ。でもMurakumoはMurakumo、自社ムーブは自社ムーブで別々に考えて、それぞれのパッケージングに合った時計ができればいいかなと思っています。

広田:時計メーカーとしての立ち位置はどう考えています?

中川:あまり意識しているメーカーはないんですけど、ウルバン ヤーゲンセンだったり、初期のダニエル・ロートだったり。でもいきなり100%を求めて自社ムーブということになると、時計の値段も上がってしまいますし、ブランド力もないので簡単ではありません。それでも“究極の時計を作ろう”というコンセプトから始まっているので、まずやれるところからという意味では割と順調に進んでいるかなと思います。

広田:今後の課題は、中川さん以外にケースを磨ける人ですね。

中川:現状はまだ私ひとりで作っていますが、“鬼磨き師”を養成するのは面白いと思いますね。そうじゃないと、日本の時計業界そのものが萎んでいってしまう気もします。

広田:確かに。独立時計師でも浅岡肇さんや菊野昌宏さん、牧原大造さんとか出てきていますが、職人さんも養成していかないと萎んじゃいますよね、間違いなく。

中川:そういう意味で言うと、我々は通常ではなかなか注目されない、ケースや針を作っているサプライヤーがどこかをあえて謳っています。たとえばロイヤル オークにしてもどうしてあれだけ長く作り続けられているのかというと、やっぱりケースやブレスレット製造を担う、なり手がいるからだと思うんですよ。我々がそういうメーカーにならなきゃいけないと思いますね。

 

構成・文 柴田 充

次回は、ご応募の際にいただいた質問や対談中の質疑の一部をご紹介し、お二人からの返答をご紹介させていただきます。

今回の対談に関してのご意見・ご質問をお待ちしております。ぜひコメント欄からご投稿ください。

広田雅将さん

広田 雅将
Masayuki Hirota

時計ジャーナリスト・時計専門誌『Chronos日本版』編集長

1974年大阪府生まれ。会社員を経て、時計専門誌クロノス日本版編集長。国内外の時計賞で審査員を務める。監修に『100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』『続・100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』(東京カレンダー刊)が、共著に『ジャパン・メイド トゥールビヨン』(日刊工業新聞刊)『アイコニックピースの肖像 名機30』などがある。時計界では“博士”の愛称で親しまれており、時計に関する知識は業界でもトップクラス。英国時計学会会員。

中川 友就さん

中川 友就
Tomonari Nakagawa

ウオッチメーカー「KIKUCHI NAKAGAWA」代表

刀匠での修行の後に時計師へと転向する。時計専門学校卒業後、フランスでの修行を経てシチズン時計株式会社に就職。腕時計の設計、製造、調整など大規模製造業務に一通り従事。その後、東京時計精密株式会社へ転職し、独立時計師の小規模な製造現場に携わる。退社後、菊池悠介氏と共に、KIKUCHI NAKAGAWAを立ち上げて、現在に至る。

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