歯車族バトン
2020/04/14
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菊野「作り手の情熱が見える機械式時計を追求する男」1-「クレイジーといわれるほど手仕事にこだわる理由」

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第1回「クレイジーといわれるほど手仕事にこだわる理由」

広田:菊野さんとは、これまでも何回かお酒も飲んでいるんですけど、時計の話はほとんどしてこなかったですね。

菊野:最初に会ったのはもう10年くらい前じゃないですか。

広田:でも今回こうした素敵な機会をいただいて、とても楽しみにしていました。さて今回の話のポイントになると思いますが、菊野さんは製作のほとんどのプロセスを手でやっていますね。

菊野:ええ、コンピュータ制御の機械は使っていないですね。

広田:歯車の歯切りも自分でやっている。そこまで徹底して手で作るというのは、スイスの独立時計師でもいないと思います。

菊野:うーん、恐らくは。でもそれは、自分にとって理想的なパーツが国内で買えなかったからだったんですよ。スイスなら歯車を作る専門の会社とか、ケースや文字盤を作る会社というように分業化されていますが、10年ちょっと前には国内でそんなものを売っているところも作っているところもありませんでした。だから最初は、自分で作らざるを得ないという理由から始まったわけです。

広田:僕もいろいろな独立時計師の工房にお邪魔させていただいて、あのダニエル・ロートさんにしても、地板やムーブメントの土台、屋根といった部分は基本的にはできあがった半加工品を成型していて、菊野さんみたいに一からゴリゴリ削っているのは本当に珍しいと思いますよ。

菊野:バーゼルフェアとかでこういうプロセスのVTRを流すと、時計師の人から「クレイジーだな」と言われますよ(笑)。

広田:ダニエル・ロートさんもこれが本来の作り方だと話されていた。でもそれをスイスでもドイツでもない、日本でやっていると。よほど頭がおかしい(笑)。でも僕自身、記事を書く側として、機械で作っていいものができればいいのではというスタンスがあるのも事実です。昔、独立時計師のベアト・ハルディマンと話した時、彼はこう言っていました。「ある程度までは機械で作ったほうがいいものができる。でもそこから先、さらに上を目指そうと思ったら、手でやるしかない」と。でもその頃から比べると、今はCNCの加工精度がすごく上がり、独立時計師といえども、かなりの部分はベースの部品を機械で作り、最後に手で仕上げて、自分の作品として完成させるというのが主流になっています。どうしてそこまでやろうと思ったんですか。

菊野:やっぱり作るのが面白いからに尽きると思います。苦行だったらやっていないし、手作業で時計を作るということに関しても。ものを作るということはどういうことかと考えた時に、自分の手で動かして、金属がネジになったり、そういうプロセスを体感しながらやるのが非常に面白いんですよ。個人的な見解からすると、たとえば見た目や精度といった品質を追求していくと、人はいらなくなると思います。もうすでに人間の領域は少なくなっていますよね、機械式時計においても。


「朔望」の蔦の装飾は、糸鋸を使って手作業で切り抜いています。
Photography by ©MASAHIRO KIKUNO

広田:そうですね。たとえばシリコンヒゲとか。

菊野:ヒゲゼンマイの調整や取り扱いは、時計の中で一番難しく、熟練度を要する作業です。ちょっと前までは、スイスでも熟練のおばちゃんが内端の振れ取りをやっている光景を見かけましたけど、それもシリコンヒゲを使うと、その技術が途絶えちゃうわけですね。自動で高い精度のものができるので、まったく職人がいらなくなる。クオーツショックの時は、そうした事態に対し、どうしても職人技を残したいとか、危機感を覚えた人々が機械式時計を復活させていったと思うんですが、でもそれと同じようなことが、シリコンヒゲを使い始めるとまた起こるんじゃないかなと私は思うんです。

広田:そうですね。1980年代以降の機械式時計の復活は、人の手がかからないクオ
ーツへのアンチテーゼとも考えられますからね。とはいえ普通はCNCでざっくり削るようなスケルトンの文字盤やムーブメントの受けも、菊野さんは基本的に糸のこで削っています。

菊野:受けは、彫刻機で削った後にやすりで仕上げています。この彫刻機は、パンタグラフの原理を利用して、原版の型をなぞるとそれを縮小転写してスピンドルが回転して削る。非常にアナログで古い、コンピュータ制御のCNCができる以前、複雑な形状を削る時に使われていた機械です。

広田:それこそCNCで削れば、時間的に断然早いじゃないですか。


糸鋸作業を終えた文字盤。このあと完成までには幾つもの工程を要する。
Photography by ©MASAHIRO KIKUNO

菊野:ふふふ。寝ている間にできる。ただ、それってわくわくします?

広田:あぁ、そういうことですよね。要はクリエーターとしてわくわくするかどうか。

菊野:それと、お客さんとしての驚きと喜びというのが、はたしてそこにあるのかなぁと思います。文字盤の抜き加工もCNCでやったほうが、10個作っても100個作っても同じように綺麗に抜けるとは思うんですが、CNCで加工している現場を見たら、フーンという感じで終わってしまう。でも手を使ったプロセスを見てもらうと、「あ、こうやっているんだ、面白いことをやっているな」「人間ってこんなことができるんだ」みたいな、そういうのを見せたいし、それが自分もやりたいと思う理由です。

広田:ところで1枚抜くのは、どれくらい時間がかかるんですか。

菊野:3日くらいですかねぇ。穴開けて抜いて、その後仕上げ、さらにインデックスのピンを1個1個旋盤で削って作ってはめてとか。全部やったら1週間くらいかかると思います。納品する際には、そうしたプロセスの写真をまとめた写真集を作ってお渡ししているんですよ。時計本体を見ても、どうやって作っているかというのはわからないですが、この写真集を見てもらえば「こういう風にやっているのか」と想像でき、私が感じるウォッチ・メイキングのわくわくも追体験できる。そういう発見や感動を心がけています。

取材・構成 柴田充
写真 奥山栄一

<ページトップ写真の時計>
朔は新月、望は満月を意味する「朔望(さくぼう)」(2017年)
蔦の透かし彫りのダイヤルに高精度ムーンフェイズ。

 

次回は、独立時計師、菊野昌宏の「お客様の哲学と自分のやりたいことを融合させる」についてです。

第1回

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広田雅将さん

広田 雅将
Masayuki Hirota

時計ジャーナリスト・時計専門誌『Chronos日本版』編集長

1974年大阪府生まれ。会社員を経て、時計専門誌クロノス日本版編集長。国内外の時計賞で審査員を務める。監修に『100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』『続・100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』(東京カレンダー刊)が、共著に『ジャパン・メイド トゥールビヨン』(日刊工業新聞刊)『アイコニックピースの肖像 名機30』などがある。時計界では“博士”の愛称で親しまれており、時計に関する知識は業界でもトップクラス。英国時計学会会員。

菊野 昌宏さん

菊野 昌宏
Msahiro Kikuno

1983年北海道生まれ。高校卒業後、陸上自衛隊に入隊。2005年に自衛隊除隊後、ヒコ・みづのジュエリーカレッジに入学して時計づくりを学ぶ。卒業後も研修生として自身の作品を製作。同校講師を経て2012年に独立。2011年、スイスの独立時計師協会(AHCI)に日本人で初めて準会員として入会。世界最大の宝飾と時計の見本市「バーゼル・ワールド」に初出展。2013年、AHCI正会員。 https://www.masahirokikuno.jp/

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