歯車族バトン
2020/04/16
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菊野「作り手の情熱が見える機械式時計を追求する男」2-「お客様の哲学と自分のやりたいことを融合させる」

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第2回「お客様の哲学と自分のやりたいことを融合させる」

広田:フィリップ・デュフォーさんは、代表作『シンプリシティ』がブレイクしたため、それを作り続けることになり、「俺はもう飽きた」とはっきり僕に言っていました。結局「こんなの作るために俺は人生を生きていないよ」と『シンプリシティ』の注文は今後受けないと決めたわけですよね。たとえば菊野さんが糸のこで抜くにしても、素人目にはルーティンな作業のように感じてしまいます。

菊野:ところが意外にルーティンじゃないんですよ。そう見えるかもしれないんですが、糸のこで切っている時に、「あっ、今のひと切れはすごく上手くいった」とか「今のはちょっとミスった」とか、微妙にそういう発見があるんです。淡々と苦行のようにやっていても、「今ネジが綺麗に切れた」とか「磨きが短時間で綺麗にできた」とか、意外と面白いんですよ。

広田:それは知らなかったです!初めて聞きました。

菊野:多分ルーティンになったら、面白くなくなっちゃうと思うんです。

広田:CNCに委ねるようになる。

菊野:うん。CNCでいいじゃんとなっちゃうかもしれない。デュフォーさんは、作る数も多かったですし、それもムーブメントが中心じゃないですか。そういう意味でルーティンになりがちだったのかもしれませんね。私の場合は、外装も作るし、デザインもお客さんと打ち合わせをして、最終的な形を決めて作ったり、1本1本違うんですよ。プロトタイプのベースがあって、ここからどんな風にしますかという感じ。お客様の哲学と自分のやりたいことを融合させて、デザインを提案したり。作業が広範で、なかなかルーティンにならないですね。でもそうなると『朔望』のベースで年間3本というペースでやっていますが、正直それでもちょっと納期が遅れています(笑)。


日本の時計文化の原点である和時計の精神性を現代に甦らせ、世界へ発信する思いを込めた「和時計改」(2015年)。
一年針による二十四節気表示、文字は金川恵治氏によるエングレービング。

広田:でも現在は受注していないんですよね。バックオーダーは今どのくらい溜まっています?

菊野:10〜20人くらいですかね。再開したら教えてくれという人が。それでも作るかどうかはわからない。注文を大量に取りすぎると、がんじがらめになって動けないというデュフォーさんの姿を見ていたので。経済的にはリスクがありますけど、ただやっぱり、やりたいことを優先したいので。

広田:独立時計師のみなさんは、そうした自分が作りたいものと商売ベースでやっていくというところの両立が難しいじゃないですか。

菊野:そうですね。僕の場合、まず作りたいものがあって、それがどのくらいの期間で作れるかを考えて、値段を付ける。商売として考えるのは以上ですね。

広田:それで終わりですか。

菊野:はい、終わりですね。でもたとえば年間4本作る予定だったけれど、実際は3本しか作れていないので、新作を作るための資金があまりないな、みたいな(笑)。そういうこともあるんですけど。結構どんぶり勘定です。

広田:一人でここまで手間をかけて作るとなると、年間3本は妥当ですけどね。単純に数を増やそうとは思わないんですか。

菊野:まったく思わないですね。何のために時計を作っているのかというと、それはもちろん、お客様の満足のためというのもありますが、私自身の人生のためにも作っているんですね。だからライフスタイルというか。時計作りが自分の中で楽しい、エンジョイできるものでなくなっちゃったら、時計を作る意味がないし、この仕事をしている意味もないと思うので。数を作るということは、自分自身が寝ないでもっと作るか、もしくは他人や機械に仕事を任せれば数はもっと作れるわけじゃないですか。

広田:そうですね。多くの小メーカーは、そういう形で数を増やすというのを選んでいます。

菊野:当然ビジネス、お金を稼ぐことが目的ならそうします。ただ、お金よりも自分自身のクラフツマンシップを満足させる、それによってお客さんに満足してもらう。それでもう十分なんですよね。それ以上にその喜びを薄めたくないというか。逆に人にやらせたり外注にお願いしていくと、自分のやりたいことのエッセンスがどんどん薄まっていっちゃう気がするんです。そこまでして時計を届ける必要ってあるのかなと思いますね。そういう時計は、世の中にいっぱいあるから、じゃあそういうのを買ってくださいと思うわけです。だから私が量産時計をやることはまずないでしょうね。

広田:今あるモデルを量産で作っていくということは考えていない。もともと菊野さんは、クラフツマンを突き詰めるために時計師になったのでしょうか。

菊野:それは時計を作っていく過程で、そういう気持ちになっていったという感じです。最初はお金がないし、状況が整っていないから、やらざるを得ないというネガティヴなスタートでした。でも手作業でやっていたところ、そのうち手で作るのは面白いなと感じてきて、現代に機械式時計がある意味を考えた時に、むしろこれは手でやるものなんじゃないかなと思ったんですよ。

広田:その気持ちの変化はいつくらいに起こったんですか。


部品一つひとつを手作業でつくり上げる菊野氏。これは歯切りの様子。
Photography by ©MASAHIRO KIKUNO

菊野:『和時計 改』を作っている辺りですか。2015年とか割と最近です。それまでは、ちゃんと答えられなかったんですよ。機械で作ったほうが綺麗に早くできるんだから、何のために手でやるんだと聞かれた時に、「あ、何でなんだろう?」みたいに。そこから自分で考えて、時計の歴史を調べたり、色々な勉強をして、今の考えに辿り着いた感じでしょうか。

広田:手で作っていくということが自分にとっての幸せであり、顧客にも満足してもらえる道であるとわかったわけですね。そうした時計作りの上で、江戸時代の田中久重の万年時計を見て発奮したというのは有名な話です。

菊野:そうですね。すごい刺激になりました。道具がない状態で、人間の技であんなものを作り上げたという。ただ、あれはあの時代のベスト。機械がなかったから、それでやるしかなかった。でも今はそんなことはないですよね。今、手でやるということは、ある意味、昔の人が手でやっていたのとはまた意味合いが違う。純粋に人の手業がすごいとかいう、そんなに単純な比較ではないんですよ。テクノロジーはもう人の能力を超えていて、機械が誕生し、まず人間の筋肉を超えるような力や正確さが出せるようになり、その後コンピュータのような人間の脳に置き換わるようなものができた。そうした時代に人間の存在する意味って何なんだろう。その能力を発揮して何かをやることの意味こそが、今の時代に求められているのではないかと考えるようになりました。クオリティや綺麗さ、スピードは、もう機械には勝てない。ではどういう価値を生み出せるのか。勝負すべきは、人間にとってより魅力的な商品でしょう。たとえばAIが私の時計を見ても、価値は多分わからないし、合理的じゃないと判断すると思います。でも人間は、その合理的じゃない部分を見分けられるというか。職人の魂が籠っているなんてことは、科学的検査に回しても出てこない。けれども人間は「作り手の情熱が見える」と言うじゃないですか。それが人間だと思うんですよ。だから手にこだわっているんです。

取材・構成 柴田充
写真 奥山栄一

次回は、独立時計師、菊野昌宏の「今までにない画期的な腕時計を模索中」です。

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広田雅将さん

広田 雅将
Masayuki Hirota

時計ジャーナリスト・時計専門誌『Chronos日本版』編集長

1974年大阪府生まれ。会社員を経て、時計専門誌クロノス日本版編集長。国内外の時計賞で審査員を務める。監修に『100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』『続・100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』(東京カレンダー刊)が、共著に『ジャパン・メイド トゥールビヨン』(日刊工業新聞刊)『アイコニックピースの肖像 名機30』などがある。時計界では“博士”の愛称で親しまれており、時計に関する知識は業界でもトップクラス。英国時計学会会員。

菊野 昌宏さん

菊野 昌宏
Msahiro Kikuno

1983年北海道生まれ。高校卒業後、陸上自衛隊に入隊。2005年に自衛隊除隊後、ヒコ・みづのジュエリーカレッジに入学して時計づくりを学ぶ。卒業後も研修生として自身の作品を製作。同校講師を経て2012年に独立。2011年、スイスの独立時計師協会(AHCI)に日本人で初めて準会員として入会。世界最大の宝飾と時計の見本市「バーゼル・ワールド」に初出展。2013年、AHCI正会員。 https://www.masahirokikuno.jp/

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